アウトドア編

☆川で

 夏はなんといっても、吉野川の激流下り!ラフティングが最高です。
 水をかぶって進む爽快さ、下の写真のとおりです。

☆海で

 数年前、遊びの師匠に譲ってもらって入手したシーカヤック。

インドア編

 私の読書遍歴は長い。ただ読書対象には多少の偏りがある。実は書斎においてある本に理系の本はほとんどない(仕事は機械中心だが)。多くは文系のものであって、その中でも、歴史や文明を洞察したものが好みである。これらは、自分が体験してない世界を感じさせてくれる。
 仕事後の偏読(偏りのある読書の意)、至福の時である。

受賞歴

☆平成28年4月
内閣総理大臣主催「桜を見る会」への出席報告
 

 安倍晋三内閣総理大臣名で「4月9日(土)午前8時半から10時半まで新宿御苑で「桜を見る会」を催すので御来観下さい。」という招待状が過日届きました。招待者は皇族方、各国大公使、各界代表者等を含め約1万人とのことです。  日本弁理士会事務局の話では、特許庁よりの推薦ということでありましたので、有りがたく夫婦で参加させていただきました。初めて参加しました「桜を見る会」の様子を報告させていただきます。

 晴天の朝、前泊していた都心のホテルからタクシーで会場(新宿御苑)に向いますと、かなり手前から多くの車が連なっており、中には外交官ナンバーの大型車も混じっています。幾組かの着物姿のご婦人が途中で車を降り徒歩で向うのを見て私達もタクシーを降り徒歩で正面に見える門に向いました。  既に混雑している門から入りますと、すぐに芸能人・スポーツ関係者の受付があり、付近の総理府の方の案内にしたがって奥へ入ると一般招待者用らしき受付がありました。大事に持参していた緑の受付票を渡すと、「桜を見る会」と印刷したリボンと記念の枡を二人分頂きました。  そこから入った先は、もう桜、桜、桜、とても広い会場のそこかしこに幹の大きな桜が咲いています。数十種類の桜が統計約千本もあるらしく、満開の桜の下で、記念撮影する人、歩いている人々、有名人らしき人と歓談する人、実に盛況でした。

 

 事前の調べでは、新宿御苑は明治時代に皇室庭園となり、戦後一般開放された公園だそうで、フランス式庭園とイギリス式庭園と日本庭園の組合せが特徴とのことですが、広大な面積と大木の多いのが第一印象でした。
 当初、正門から入って真直ぐ進めば知人との落合い場所(洋庭園中央付)に行けると思って歩いたのですが、入った門が別の門だったのか(大木戸門だったようです)、中に入ったとたん案内図上の自分の位置が分らなくなってしまいました。

 ままよと歩き出しますと、途中出会った方に歌手の由紀さおりさんがいらっしゃいました。数人のご婦人方と写真をとっておられましたが、皆さんお美しいのですが、少し違って見えたのは、人に見られることを意識した美しさでした。これもプロ意識なんでしょうね。満開の桜に劣らないオーラがでていました。
 案内では服装は平服でということでしたが、女性は優雅なドレスと着物が半々位。皆様、けっこうかしこまった服装でした。胸に略綬を飾った礼装の外国武官を自衛隊若手士官が案内している姿もありました。なかに、ひときわ華麗な礼装姿の外国武官が目の前を横切るとき、とっさに日本語で「すみません。」とあいさつしてくれましたが、「平時の軍人は外交官」を実践しているものとみえ、一人のプロを見た思いがしました。

 

 多くの方は、主催者である安倍総理のまわりか(有名人もこちらが多い)、紅白幔幕を張った茶菓接待所付近で観桜か、そうでなければ歩きながらの観桜です。主催者の安倍晋三総理の周りは多くの人垣で囲まれていて、人垣の外に居た私はスピーカーからの声を聞いただけでした。多分中には有名芸能人らが居たのでしょう。私共はほとんど、茶菓接待所でもらった茶菓子を味わったり、写真をとったりでした。残念だったのは、薦被りの酒樽の酒を飲もうとしたら既に空で、頂いた枡が手持ちぶさただったこと位です。
 少し要領を得ぬ時間を過す間に接待時間も終りに近づきましたが、一すじの白い雲が映える真青な空の下での観桜、大変良い思い出となりました。
 特許庁のご配慮で出席の機会を頂きましたが、弁理士会会務で支えて頂いている方々へも感謝の意を表します。

☆黄綬褒章

 所長山内康伸が平成25年春の叙勲、褒章に際し、黄綬褒章を受章しました。
 5月16日(木)に上京しまして、褒章の伝達を受け、皇居において天皇陛下に拝謁してまいりました。
 受章理由は、弁理士業務精励ですが、これも皆様方のご支援があってのことです。
 これからも、皆様のビジネス上のパートナーとして弁理士業務に邁進してまいりますので、これまでと変らぬご厚情を賜わりますよう、よろしくお願いいたします。

☆知財功労賞

 所長 山内康伸が平成24年度知財功労賞における特許庁長官賞の表彰を受けました。
 4月18日に、特許庁長官賞を頂いて参りました。この度の受賞は、常日頃よりご支援を頂いております皆様のおかげと思っています。経済成長の困難な今こそ、知的財産の活用や人材支援が、喫緊の課題ですし、そうした面で社会に貢献することが私の使命と思っております。
 これから皆様方のお役に立てるよう努めていく所存です。どうぞ宜しくお願い致します。

番外編

☆ピッケル

  エバニューのハンドメイドのピッケル。これが私の宝物である。
 購入したのは、約40年前の学生時代でした。価格は、今でもよく覚えているが、1万円。翌年就職したときの月給が約4万円だから、結構高かった。
 このピッケル、シャフトは木製である。今どきのピッケルはシャフトも金属製で、それはそれでメタリックな美しさがあるが、オールドアルピニストにとっては木製でこそピッケルである。
 素手で握ったときの感触、木目の工芸的風格、すり傷や日焼けの跡さえも味わいとなる。正に芸術である。と、ここまで云えば言いすぎか。
 ともかく小生は断固として、木製シャフトこそがピッケルと思うのである。
 もう一つ、ほれぼれする所が、このピッケルにはある。ピックとブレードである。ガツンと氷を砕きカシーッと雪を削る。鋭い切り込みを入れる硬度の高い特殊鋼。それが放つにぶい光。意識を思わず集中させる尖ったピックの先端。そして断固として氷を砕こうとする強い意志を表す刃身の肉厚とカーブ。ピックを男性に例えるとすればブレードは女性か、なだらかに広がり、広がり終わったところで刃先がゆっくりと湾曲する。この刃先がおもしろいように雪をそいでいく。
 温かい木製シャフトと冷たい金属の絶妙のとり合わせ、「今からでも出かけよう」とでも云いたそうな機能美に満ちたそのカタチ。
 一人書斎にこもり、ウイスキーを含みながらこのピッケルをながめるとき、脳細胞は、雪山に果敢に挑戦する自分を想像させてやみません。
 そう。このピッケルは私にとって、元気をふるい立たせる「魔法の杖」なのです。

☆四国の山々

〔オールドアルピニストが撮った四国の山々の紹介〕
 四国の山、それは私たちの住む四国の背骨、ときには台風の楯となり、雨を貯め恵みの水を送る。普段は、その姿をあまり目にすることはないが、一歩近寄ろうとすると重畳とした存在感を示す。下記は、そんな四国の山々です。

 佐々連尾山は、愛媛と高知の県境にあり、写真は、愛媛県は伊予三島市の翠波峰(892m)から金砂湖を挟んで撮影したものです。黒々と写っているのは手前の山で、佐々連尾山はその向こうに見え、稜線は雲がかかっていて見えません。雲と手前の山の間で所々小さく白くなっているのは、雪が積もっている所です。
 この佐々連尾山は、東西にぶ厚い山塊が続いており、正に四国の屏風といった迫力を感じます。ちなみに、この佐々連尾山の向う側(南側)には、私たちの水瓶、早明浦ダムがあります。
 撮影した日は本当に寒かったです。翠波峰でも窪地には雪が積っており、標高が高いだけに、この当りの山は雪がかかっている日が多いのですが、ふと東の方を振り返ると、讃岐平野が望見でき、そこには秋晴れの陽光がポカポカと射し込んでいるではありませんか。同じ日になんというこの違い!!讃岐の恵まれた土地柄に驚くと同時に、四国山脈の最深部の過酷さを感じた一日でありました。

 四国のど真ん中を東西に走る四国山脈は、西の石鎚山系と東の剣山系とに分かれています。まず、石鎚山系を紹介しますと、盟主石鎚山は1,982mあり関西の最高峰です。この石鎚山から東へは、1,700~1,800mクラスの山が突兀と連なっており、瓶ヶ森→伊予富士→寒風山→笹ヶ峰と男性的重量感のある山が連座し、冠山、平家平あたりからはゆるやかな女性的山容に変化してきます。
 左の写真は石鎚山の東隣にある瓶ヶ森(1,896m)です。石鎚山系は一体に熊笹で覆われており、とりわけ瓶ヶ森の氷見二千石原は一面の笹原の美しさで知られております。

 左の写真は、寒風山(1,763m)で、愛媛県西条市と高知県本川村との境である桑瀬峠より少し登った所から撮影したものです。灌木の上にのぞくゴツゴツとした岩場とバックの白い雲が夏山らしい風景となっています。

 左の写真は、瓶ヶ森と寒風山の中間にある伊予富士(1,756m)です。その名のとおり北側から見ると山裾からせり上り円錐形に尖った鋭い山容をしています。

 伊予富士を紹介すると、次は当然讃岐富士でなければなりません。
 日本全国に、○○富士と名付く山はあまたあると思いますが、いかにも富士らしい円錐形のカタチという点では、我が讃岐富士は最右翼ではないでしょうか。
 左は丸亀城から写した写真ですが、360° どの方角から見ても円錐形であるのが大変な魅力です。なお、讃岐富士を真南から撮すと、北側とは違って現代的なものは少なく、太古の時代からの讃岐富士の雰囲気を感じたように思いました。

次郎笈
 
 

 左の写真は、剣山からみた雪の次郎笈[ジロウギュウ](1,929m)です。剣山(1,955m)は徳島県のシンボルで、愛媛県の石鎚山に次ぐ、西日本第2位の高峰ですが、次郎笈はこの隣にあります。
 少し変わった山名ですが、これは高さの高い剣山を兄貴にたとえてタロウギュウと呼び、次郎笈を弟に見立てたことから生じたようです。しかし、高さこそ低いが、山容はピラミダルであり、なだらかで女性的な剣山よりもはるかに迫力を感じます。
 実は元旦のご来光を撮るため大晦日から剣山へ登っていたのですが、肝心の元旦はガスにまかれて、日の出を拝むことはできませんでした。しかし、大晦日は本当に珍しい雲一つない快晴で、左の写真のように剣山中腹から遠く石鎚を望むことができました。なお、左側のピークが三嶺(1,893m)、右側のピークが矢筈山(1,849m)で、中央の谷間のずうっと向こうで小さく見えるのが石鎚連峰です。

 左の写真は、徳島県は三嶺(1,839m)の雪をかぶった山頂部の写真です。「三嶺」と書いて、「さんれい」とも呼び、「みうね」とも呼びます。「さんれい」の呼び方は、明治の昔に陸軍陸地測量部が付けた名前だそうですが、土地の人は、あれは三つにうねっているから「みうね」と呼ぶのだ、といまでも頑張っています。
 そういえば、この山、写真のように稜骨が出張った起伏豊かな形をしています。山頂部は、冬期には雪におおわれていますが、夏には岩峰が顔を出し、四国には珍しいアルプス風の景観も持っています。
 場所は剣山の西方で、阿土国境に位置し、アプローチが長いためセミプロ級以上の山屋さんでないと余り近寄りません。そのため、自然環境は抜群で、徳島最後の聖峰などと云われています。 。

 左の写真は大滝山(946m)の雪景色です。大滝山は塩江の奥にあり、ファミリーから健脚者まで楽しめる県民憩いの森のあるところです。
 大滝山の山頂には大滝寺と西照神社があり、ここから北方に高松方面、東方に徳島方面が吉野川と共に望めます。大きくうねりながら銀色に光る吉野川は春が近いことを感じさせ、その向こうにかすんで見える徳島や鳴門は県外でありながら意外に近くにあることを気付かせます。
 源平の昔、源義経が四国上陸したのも徳島の海岸でそこから屋島へ向かったと聞いています。この辺り、標高は低いので、荒々しさはありませんが、それでも冬場は左の写真のように雪が積り、県内では珍しい雪と遊べる場所となっています。

石鎚山2
 
 

 1,982m、石鎚山、いわずと知れた西日本の最高峰。下界では桜が咲き揃う4月も中頃とはいえ、標高1,900mに近い高山では未だ残雪が光り冬の名残をとどめています。そんな中、木々の芽吹きを見付けると遅足ながら春の温かさが感じられ、気分はまさに早春賦でした。

♯春は名のみの春の寒さや~♪♪

 四国カルストは、日本三大カルストの一つとして有名な高原で、標高1,500m位のカルスト台地です。
  東西に20kmほどもゆったりと広がった台地には、グリーンの草原の中に白いカーレンが点在し、まったく乙女ちっくな風景となっております。
 場所は松山と高知のちょうど中間位で、松山から国道33号線を南下し、柳谷村へ出、落合大橋から国道440号線をさらに南下すると地芳峠に出、そこから稜線上の高原道路を東に入ると四国カルストです。
 この高原道路は南北に視界が開け、ダイナミックな眺望が楽しめます。また、四国カルストの最高点は、左の写真にある天狗高原の東方の天狗の森(1,485m)で、ファミリーハイクも気軽に楽しめる山です。

 全国に「○○平」という地名は結構多くあり、四国にもいくつかありますが、なぜか「平家平」という地名に惹かれるところがあって、ずっと昔、地図で調べたことがありました。たしか、四国山中に数カ所あったはずです。
 その中で最も知られていると思うのが、高知県本川村と愛媛県別子山村にまたがる山です。
 寒風山あたりから眺めると、本当に平らな尾根筋ですが、登ってみてもゆったりと笹原が広がったまあるい感じの山です。「平家平」の山名のいわれは、源平の戦に敗れた平家の落人が四国山中を転々としたあげく、たどり着いたのがこの山だった、からだそうですが、この伝説を信じたくなる程、奥深い所にある山で、周囲は全て高い山です。おかげで展望は素晴らしく、北に赤石、南に稲叢、東は工石、西は寒風笹ヶ峰を望むことができます。
 その昔、逆境の身にあった平家の落人が、この素晴らしい景観の中で、どんな思いで過ごしていたのか、そんなことも気になった山でありました。

最後は、名アルピニスト(?)の撮影山行証拠写真です。